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歴史
三国祭
250年以上の歴史を持ち、北陸三大祭の一つといわれる三国祭をご紹介いたします。
六呂瀬山古墳群
坂井市丸岡地区上久米田の六呂瀬山山頂に所在する4基からなる古墳群で、1号墳は全長約140メートル、北陸最大級の前方後円墳です。
曹洞宗大本山永平寺
曹洞宗・大本山永平寺は、今から約760年前・鎌倉時代に道元禅師によって創建された古刹です。室町時代の初めには、”曹洞宗第一道場”の勅額を贈られ、禅修行の最高峰として歴史を刻んできました。
福井市立郷土歴史博物館
福井市立郷土歴史博物館は、あいつぐ戦災と震災から復興した福井市のシンボルとして、昭和28年に開館しました。 以来、郷土福井に関する資料の収集に努め、福井市春嶽公記念文庫をはじめとする福井藩、越前松平家に関する資料が充実しています。
三国歴史街道めぐり
三国神社から永正寺付近までの町並みは、三国独自の「カグラ建て」様式の民家が点在し、港町らしい雰囲気が味わえます。
松岡古墳群 二本松山古墳
全長90mの5世紀後半の前方後円墳で、二本松山丘陵の最高峰の273mにあります。 後円部には2つの石棺があり、江戸から明治時代に掘られました。 この古墳から出土した品々は、全国でも貴重な遺物として知られています。
一乗谷朝倉氏遺跡の庭園 (特別名勝)
一乗谷朝倉氏遺跡には、「諏訪館跡庭園」「南陽寺跡庭園」「湯殿跡庭園」「館跡庭園」という、国の「特別名勝」に指定された庭園が4つあります。
藁屋跡
幕末の歌人、国学者であった「橘曙覧」37歳の時、足羽山の黄金舎(こがねのや)から三ツ橋(照手2丁目)に居を移し、これを藁屋と称しました。
吉崎御坊跡
蓮如上人が北陸一帯の布教の拠点とした所で、通称御山と呼ばれ国の史跡に指定されている。
養浩館庭園
かつての福井城本丸(現在の福井城址)から北方約400mに位置し、当時の外濠に面した要地にある旧福井藩主・松平家の別邸です。
丸岡城 一筆啓上碑
天守閣石垣のそばに「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな馬肥やせ」の書簡碑が建てられている。 この手紙文は、徳川家譜代第一の功臣で鬼作左の勇名をとどろかせた本多作左衛門が、陣中から家族あてに書き送ったものである。
丸岡城
天正4年(1576年)、柴田勝家の甥勝豊が築城した平山城で、現存する天守閣の中では日本最古のものである。
松岡古墳群 乃木山古墳
乃木山古墳は、古墳時代の初期、3世紀半ばの古墳です。3箇所の埋葬施設が発見され、全国でも稀な素環頭鉄剣、木製枕が出土しました。
松岡古墳群 手繰ヶ城山古墳
手繰ヶ城山古墳は、昭和52年に国指定史蹟になった、全長129mの前方後円墳で、北陸第2位の規模の古墳です。
松岡古墳群 春日山古墳
6世紀末の古墳で約20mの円墳です。昭和28年に偶然発見されました。横口式石室をもち石室の中には横口式の舟形石棺が安置されています。鉄刀や馬具、須恵器、ガラス玉などが出土しました。
本向寺
建暦二年(1212年)に創建された浄土真宗本願寺派として格式を持つ寺院です。
弁財天白龍王大権現
商売繁盛の神様として有名な竹原弁財天白龍王大権現。 県内はもとより県外からもたくさんの参拝客が訪れます。運が良いと岩の割れ目から御神体の白蛇を見ることができます。
藤島神社
鎌倉・南北朝時代の名将・新田義貞とその一族を祀る、藤島神社。義貞が着用していたと言われる兜「鉄製銀像嵌冑(ぎんぞうがんちゅう)」や、義貞と共に戦った結城宗広の書状が社宝として保存されていて、国の重要文化財に指定されています。
福井大仏観音
大同年間(806~10)に高僧・最澄が聞いたと伝えられる古刹・光照寺の境内に、福井大空襲と福井大地震で犠牲になった人たちの霊を慰めるため昭和31年に建立された大仏観音です。
福井城址
徳川家康の二男・初代福井藩主・結城秀康が慶長11年(1606)に築城した福井城の城址。 現在では、石垣と堀の一部だけが残されています。また、福井の名の起こりとなったという「福の井」と呼ばれる井戸跡が天守台下にあります。
福井城内堀公園
福井県庁正面御本丸緑地にある(愛称)福井城内堀公園。
芭蕉塚
「物書て 扇引さく 余波哉」 これは、松尾芭蕉が天竜寺に立ち寄ったときに作った贈答句で、この芭蕉塚は天保申辰(1844年)初冬に、同好の人たちによって建てられました。
新田義貞公墓所
南朝の忠臣新田義貞公は延元3年(1338年)足利高経の軍と交戦中灯明寺畷(福井市)にて38才の壮齢で戦死した。 称念寺の白道上人はその遺体を引き取り称念寺の境内に葬った
長屋橋
坂井市内を流れる田島川に架かる橋。 住戸は幅2間、長さ8間の木橋で、北岸に太さ数メートルのエノキの大木があって、旅人が休む一里塚として親しまれた。
灯明寺畷
南北朝時代の武将 新田義貞 終焉の地。 江戸時代に義貞のものと思われる冑が水田から発見され、当時の藩主・松平光通が義貞の威光を称え石碑を建立しました。
超勝寺
越前・能登・加賀を制した、一向一揆の拠点寺・超勝寺。 北陸で一向一揆が続発していた戦国時代の末頃、本願寺勢力の拠点として、その名を遠く都にまでとどろかせていました。
瀧谷寺
瀧谷寺は1375年に創建された坂井市三国地区で最古の寺院です。 国宝や重要文化財も多く、また山水庭園は、いつまで見ていても飽きない美しさです。
泰澄寺
越の大徳”と呼ばれ、日本三名山の1つ「白山」を開山した高僧・泰澄を祀る古刹。
千古の家
江戸時代初期に建てられた県内最古の民家。 正面が入母屋造り、背面が寄棟造りの茅葺屋根で、外回りは杉皮張りの壁に障子の白が清楚な美しさをみせている。
出世山古墳公園
平成8年春、古墳を保存しながら、古代を目で見て体験学習できる出世山古墳公園が完成しました。4基の出世山古墳群のほか、西谷住居遺跡や姥ヶ谷古墳が復元され、三国の発掘の成果が取り込まれています。
柴田神社
福井駅前の北の庄通りにある、柴田神社。 ここは、今から400年程前、当時天下の名城といわれた安土城の天守閣でさえ7層であった時代に、9層にものぼる文字どおり日本最大級の城・北の庄城が築かれたところです。
西光寺
北の庄城主、柴田勝家の菩提寺です。 境内には勝家、その妻「お市の方」をはじめ一族の墓があり、また、寺宝に馬印・念持仏・刀など勝家の遺品などがあります。
旧森田銀行本店
旧森田銀行本店は三国港の豪商森田家が明治27年に創業した森田銀行の新本店として、大正9年に建設された。 外観は西欧の古典主義的なデザイン、内観は豪華な漆喰模様が美しい。 県内に現存する鉄筋コンクリート造の最古のものである。
おさごえ民家園
福井市の西南にある「おさごえ民家園」は、福井市に生きた先人たちの暮らしを垣間見ることのできる古民家園です。 県内を代表する、18世紀前後に建てられた豪農や庄屋などの古民家5棟及び板倉のほか、土蔵や灰小屋、厩などがそのまま移築・復原されています。
一乗谷朝倉氏遺跡 復原町並
朝倉氏が栄えた時代の一乗谷の町並を再現しています。 武家屋敷をはじめ、商家や町屋群が再現されています。 当時の人々の暮らしぶりがよくわかります。
一乗谷朝倉氏遺跡
一乗谷川が足羽川に注ぐところの谷あいにあって、上城戸(カミキド)と下城戸(シモキド)にはさまれた城戸ノ内町と呼ばれるところに位置する一乗谷朝倉氏遺跡は、戦国時代には越前の国の拠点として繁栄していました。
愛宕坂
愛宕坂は、天正4年柴田勝家によって一乗谷から移された愛宕大権現の別当寺院(愛宕山遊楽寺松玄院)及び足羽神社の参道として江戸時代に開かれました。
足羽神社
継体天皇を主神とする古社です。 鎌倉時代以降、武家の崇敬厚く、戦国時代には朝倉氏から社領の寄進をうけ、また江戸時代には福井藩主松平家から厚く崇拝されていました。
文化
みくに龍翔館
三国の自然・文学・歴史・暮らしや文化などを展示した郷土資料館です。 三国の町を見下ろす高台に建ち、五層八角の奇抜な外観が目をひきます。 明治12年にオランダ人工師エッセルのデザインによって川沿いの丘の上に建てられた龍翔小学校をモデルに再現されたものです。
