あそびーのマガジン vol.61

〜真宗王国フクイの旧道をたどる〜

蓮如上人が通る道

写真:鹿島の森から望む太鼓楼(吉崎御坊)

皆さん、「蓮如上人」をご存知ですか。


1457年に本願寺第8世になった蓮如は、1471年からの4年間、現在のあわら 市吉崎に坊舎を構え、北陸での布教活動を精力的に行いました。
文字の読めない民衆には、「御文(おふみ)」と呼ばれる難しい真宗の教義をやさしく簡潔に書いたものを用いたり、当時は一部の僧侶しか見ることができなかった本尊類・経典類を参拝者に開放するなど、蓮如の分かりやすい布教方法は、すぐに民衆の心をつかみました。
その結果、吉崎に詣でる者は、瞬く間に北陸から遠くは奥州まで及び、門前には100戸を超える宿坊が立ち並ぶようになりました。

1475年、蓮如が吉崎を離れた後、加賀では一向一揆が起こり、その後100年もの間、加賀は一向宗門徒が支配する国になりました。
その誘因と言えるのは、蓮如が説いた「人々はみな平等である」という仏教観。
門徒となった民衆や下級武士、僧侶たちは、吉崎や各地の寺に集まる毎に、日頃の不満を言い合うようになりました。その不満が高ぶるにつれ、守護大名や荘園領主に反抗するようになり、やがて武装蜂起(一向一揆)するようになったのです。

蓮如が吉崎に来たとき、越前守護代朝倉氏景(二代)は坊舎建設等の援助を行いました。
しかし、朝倉貞景(三代)の頃になると、加賀の一向宗の勢力が越前にも及ぶようになり、1506年、ついに30万人もの一向宗門徒が九頭竜川の北岸に押し寄せ、貞景勢はその対岸4ヶ所に陣を構え、戦となりました。この「九頭竜川の合戦」で一向宗門徒に圧勝した貞景は、加賀に追いやった後、その有力な拠点のひとつであった吉崎の坊舎を破壊してしまいます。
その後、吉崎にかつてのような坊舎が復興されることはなく、現在は坊舎があった御山の近くに4つの古寺が佇む静かな門前となっています。


毎年4月23日から5月2日の間、吉崎では「蓮如忌」が行われ、大勢の参拝客でにぎわいます。
蓮如忌とは、蓮如上人が京都から吉崎へ来たときの様子を再現したもの。
門徒が、京都から旧北陸道を、蓮如上人の御影を乗せた輿を担いだり、台車に乗せたりして、吉崎まで何日もかけて歩いて来ます。そして、4月23日から10日間、蓮如小人の御影が吉崎に滞在するのです。
その一行が通る沿道では、「蓮如上人が来た」「蓮如さんが来た」と人々が道端に出て、手を合わせたり、一緒に歩く光景が見られます。
今でも蓮如上人は、多くのフクイの人に親しまれています。

今月は、蓮如上人の御影が通る旧北陸道・旧吉崎道を辿り、歴史・史跡を巡る旅に出かけましょう。



御山山上の蓮如上人像
蓮如忌の頃の御山山上
吉崎に着いた蓮如上人御影道中の一行
御影道中の輿
旧北陸道・吉崎道を辿って、吉崎御坊へ

蓮如上人が通る道の地図を表示

金津市街
神社の前に佇む大銀杏の木
雨夜塚には十数基の句碑があります

金津小学校の西側ある「大鳥神社」。 社の前にある大銀杏は、幹回りが6mもある巨樹で、昔、社の前に川が流れていた頃、この木に川を行き来していた舟をつないだと言われています。

大鳥神社の北側にあるのが「総持寺」。
1689年8月10日、俳人「松尾芭蕉」は奥の細道の道中、吉崎から金津に着きました。
にわか雨が降っていたため、総持寺の門前で雨宿りをしていると、近隣から同志が集まってきました。しかし、まもなく天候が良くなったため、歌会などは開かれないまま、次の訪問地「松岡(天竜寺)」へと向かったそうです。
境内の裏手には、芭蕉の遺徳を偲んで「雨夜塚」が設けられています。

総持寺から1本西側の小路、坂ノ下の八幡神社辺りは、金津宿の加賀方面の出入り口で、旧北陸道の面影が残る場所。
江戸の頃は、現在のJR芦原温泉駅からこの辺りまでは大きな宿場で、参勤交代の大名行列もこの宿を通っていました。
今も道沿いに小さなお地蔵様や観音様が残り、昔と変わらず道行く人たちの安全を見守っています。
 

金津郊外

江戸時代の初め、諸国の街道整備の際、1里(約3.9km)毎の里程として設けられたのが一里塚。
ここの「千束一里塚」は、その頃の雰囲気を今に残す、全国的でも数少ない一里塚のひとつ。
大きな枝ぶりの榎(えのき)の木は、遠くからも目に付き、昔、この木のそばで行きかう人々が休んだということもうなづけます。
春、塚の横に寄り添っている桜の木が花を咲かすと、一里塚の存在感がひときわ増して見えます。

立派な枝ぶりの一里塚を守る榎の木

吉崎御坊の寺では、この辺りに伝わる逸話「嫁威肉付面(よめおどしにくづきのめん)」を、面白おかしく聞くことができます。
その話に出てくる鬼の面をかぶった姑が、嫁きよを驚かせたのが、柿原の八幡神社横の谷。
江戸の頃には、ここに茶屋があり、嫁威の谷を見ながら、物見客が一服していたそうです。
とても怖そうなタイトルがついている話ですが、本当は、「人を思いやる大切さ」に気づかされる、とてもいい話なんですよ。

嫁威の谷はこの鳥居の左方にあります
細呂木・旧吉崎道
どれくらいの人々がここの関所を通ったのでしょう
静かさの中に迫力がある切通し
このような小さな祠は旧道のいたるところで目にします

北潟湖に流れ込む観音川、その川にかかる細呂木橋のふもとに「細呂木の関所跡」があります。 今は石碑のみで、往時を思わせるものは残っていませんが、越前と加賀を行き来するほとんどの人々は、この関所を通っていました。

関所を抜けて、小山のふもとを行くと、旧北陸道と旧吉崎道の分岐に着きます。
右に延びるのは旧北陸道で、その先の昔はのこぎり坂と呼ばれた急坂を上がると加賀との国境、そして、橘宿・大聖寺へと続いています。
正面に延びているのは旧吉崎道で、すぐにうっそうとした深い切通しの中に入ります。
昔、吉崎へ向かう人々は、ここで小山を越えて、険しい道を歩かなくてはならなかったので、明治中頃に今のように切り下げたとのこと。
そのときの手掘りの跡が苔むした岩肌に残り、独特の雰囲気を醸し出している場所です。

ここから旧吉崎道は未舗装の小道となり、県境にあるゴルフ場の横辺りを行くと、やがて「一字一石墳」に着きます。
吉崎御坊に参拝する門徒が、道中の無事を祈り、ひとつの石に経文の一文字を書いて祀ったと言われる石碑。
旧北陸道・旧吉崎道の沿道では、街道を行き交う人々の安全を祈る小さなお地蔵さんや観音様がいたるところにあります。
 

吉崎御坊

御山(おやま)と呼ばれる小山が、1471年からの4年間、蓮如上人が坊舎を構えたところ。
山上でまず目にするのが、蓮如上人の銅像。
日本彫刻界の大家「高村光雲」の四大傑作のひとつと言われるこの像は、5年の歳月をかけ、昭和9年に完成。今では、御山のシンボルです。
その他にも、本堂の礎石や、蓮如上人が腰をかけたと言われる「お腰かけ石」などが残っています。
そして、御山から望む日本海・北潟湖の眺めは、可愛らしい小山の「鹿島の森」がアクセントとなっている、すばらしい眺めです。蓮如上人もお気に入りの景色だったそうです。
また、御山には八重桜が植えられていて、蓮如忌の頃は、満開となった濃いピンク色の花が、御山山上を彩ります。

御山のふもとには、3つの古寺があります。
「東本願寺吉崎別院」は、蓮如忌の「蓮如上人の御影」をお迎えする寺。
4月23日、辺りがすっかり暗くなった頃、蓮如上人の御影を乗せた輿とその一行が吉崎に到着します。吉崎近くまでその一行が来ると、太鼓楼から、蓮如上人の御着きを知らせる太鼓が打ち鳴らされ、直に一行が山門をくぐり本堂に入ると、大勢の参拝者を迎えて法要が始まります。
境内には、鐘楼や宝物殿があり、隣接の研修棟では、蓮如忌の写真を見ることができます。

「西本願寺吉崎別院」は、2つの山門を有しています。
檜皮葺の大きな屋根を持つ「表門」は、約170年前の建立。
駐車場横にある「念力門」は、戦後、100余名もの門徒が16台の荷車で京都から念仏を唱えながら運んできたもの。もともとは豊臣秀吉の寄進により設けられた門です。

この2つの寺の間にあるのが「願慶寺」。
寺へと続く参道は、蓮如上人が吉崎にいた頃からある、由緒ある道。
本堂では、住職が蓮如上人と吉崎について、また、「嫁威肉付面」の逸話について、笑いを交えながら話してくれます。聞きやすい話の中にも、蓮如上人の教えなどがちりばめられていて、蓮如上人が用いた「御文」のように、私たちを優しく諭してくれます。

これらの寺の本堂や宝物殿では、絵図などの歴史的資料を見ることができ、蓮如上人がいた頃の吉崎を知ることができます。

さらに、御山から少し離れたところには、吉崎寺や蓮如上人記念館があり、ここでも蓮如上人や吉崎について触れることができます。

御山から望む鹿島の森の景色
御山山上をピンク色に彩る八重桜
この太鼓楼には1本の釘も使われていません
いつでも参拝者を歓迎してくれる念力門
参拝者から定評がある願慶寺住職の法話
INFORMATION

≪蓮如の里・ふるさとの道を歩く会≫
あわら市では、毎年蓮如忌の時期、旧北陸道・吉崎道を辿って、吉崎まで歩くイベントを行っています。
昔、この道を行き交った旅人になったつもりで、約12kmのウォーキングに挑戦してみてはいかがですか。

イベントの紹介は、こちらから

≪ウォーキングコース紹介≫
今回紹介した細呂木の関所跡から吉崎御坊までは、2006年9月号の特集記事でウォーキングコースとして取上げています。紹介の順序は、今回のものと逆ですが、初夏を感じさせる青空の下、ご自身の足で歴史を感じてみたい方は、参考にしてください。

≪バスでのアクセス≫
JR芦原温泉駅から北潟湖周辺・吉崎御坊がある吉崎へは、あわら市コミュニティバスが走っています。
時運行時刻・バス停などについてはこちらから

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